『傷ついた鹿』の作品イメージ

傷ついた鹿

すずき

全6話・約36分

〈愛されない存在〉という自己を抱えながら、それでも必死に生きてきた君へ――

森で出会った一頭の鹿。雨の日だけに現れる〈赤い道〉。届かないと知りながらも手紙を書き続ける「ぼく」は、去っていった恋人の痛みと、その奥にある秘密に触れていく。 フリーダ・カーロの「傷ついた鹿」に導かれる、喪失と孤独、そして一握りの愛の物語。

心理的に重い描写・性的な描写を含みます

冒頭を読む

第1話 ガラス瓶の手紙

 もし君がぼくの側にいて、今ぼくがしていることを見たのならば、きっと君はそれがまったくの無駄であると、優しく微笑みながら諭してくれるだろうね。ぼくもそれについては概ね同意見だ。でもぼくは君に向けて手紙を書く必要があるんだ、というのは、ぼくの元から、そしてこの町から去っていってしまった君にどうしても伝えなければならないことがあるから。スマートフォンは役に立たない。知っての通り、君は今まで使っていた古いスマートフォンを捨て、新しいものに買い替えたか何かしている。だから電話は通じない。メールを送ろうにも、ぼくが送るメッセージは、それは一体どこに辿りついているのだろうか、誰もいない荒野にぽつんと放置されたままになっている。返信はこない。現代的な連絡手段は君自身の手によって糸を切られている。じゃあ、どうすればいいかというと、つまりぼくは手紙を書くしかない。だけどもちろん、君がどこに住んでいるかなんてぼくは知らない。だからぼくは郵便配達人にこの手紙を渡す代わりに、透明なガラス瓶のなかに入れて、あのかわいそうな傷ついた鹿をぼくらが見つけた場所に置いておく。それが風で転がっていかないように、また君以外の誰かが見つけてしまって持っていかれないように、少しだけ土に埋めて目立たないようなかたちにして。

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目次

  1. 第1話ガラス瓶の手紙約7分
  2. 第2話森のそばの町約6分
  3. 第3話〈赤い道〉約6分
  4. 第4話死んだ小鹿約7分
  5. 第5話夜の夢約7分
  6. 第6話雨が降ったら約5分

著者について

すずき。野良の小説書き。生活のなかで出会う痛みに、新しい意味を与えられるような物語を書きたいと思っています。