そしてぼくたちは雨の降ったときにだけ現れる〈赤い道〉を見つけた。その道はアカマツの支配する他とは独立した特別な場所で、理由はわからないが他の木々は遠慮してその土地には近づかなかった。岩の多く傾斜した、尾根に近いと思われる箇所で、木々は密になっておらず、開けた空間を風が自由に吹き通っていく。道にはアカマツの細長い針の形をした葉がまるで織物のように重なり合いながら落ちている。その枯葉は普段はくすんだ赤茶色をしているのだが、雨によって濡れて色を濃くすると、驚くほど鮮やかな赤色を帯びるのだ。風によって散らされた針の落ち葉は、踏み固められて周りの地面よりも一段低くなったぼくたちの道に溜まり、見事な〈赤い道〉を作り出すのだった。
お互いに口には出さなかったが、この〈赤い道〉は、特別にぼくたち二人のために用意された道であることを、ぼくたちは知っていた。完璧な〈赤い道〉は秋にしか現れず、やがて雪に埋もれ、そして暖かくなると雪はなくなるが落ち葉の供給がなくなり、土が被さって道の色は薄くなった。秋、それは特別な季節だった。
ぼくたちは小雨の降るなか、〈赤い道〉を進んだ。
君はふと立ち止まった。ぼくは振り返って君の顔をじっと見た。君の小さな、少しだけ縦に伸びた小さな卵型の顔がしっかりとフードに収まっている。君の顔のラインはいかなる状況においても崩れたりしない。君が笑っても、顔をしかめても、何かを食べていたとしても、その表情は君の顔の枠を広げたり、狭めたりせず、きっちりと定められた顔を包む曲線の内側で完結する。唇は薄く、寒さのためか、青味がかっている。優しさを表現する顔の全体のなかで、唯一その瞳だけは、いつもの輝きが陰っていて、息を吹きかけられて揺らいだ不安定なマッチの火のように、誰かを傷つけうる危うさをたたえている。ぼくはその、狂気を一滴だけ目にさしたような視線を受け止める。
「どうしたの?」とぼくは言った。
「あなたに伝えたいことがあるの」と君は言った。「でも、それを言うとあなたは幻滅するでしょうね。だから迷っているの。言おうか言うまいか」
「幻滅なんてしないよ」
君はぼくを試すように直立し続ける。
「いいえ、あなたはきっとがっかりする。私はあなたが私をどう思うかさえ、はっきりとわかるの」
「ぼくは君の話を聞いて、どう思うの?」
「あなたはきっと……」君は目を伏せて躊躇した。「私のことをあばずれだと思う。ふしだらで堕落した女だと思う」
僕は君の言葉に驚かなかった。それは本当に今のぼくと君にとって他愛のないものに思えたのだ。
「君が今までに百人の男と関係を持っていたとしても、ぼくには関係のないことだ。だって、ぼくが必要としているのは、今の君だもの。君は今、目の前に立っている。それで十分だ。それとも、今まさに関係を持っている男が他にいるの?」
君はすぐに首を横に振って否定した。
「何も問題はない。もし君がそれについて具体的に話したいというのなら、ぼくはそれを聞くよ」ぼくは君に歩み寄って、その乾燥してざらついた、だけれどもこの寒さのなかで不思議と熱を帯びた手のひらを取った。「さあ、じっとしていると身体が冷える。歩こう」
ぼくたちは〈赤い道〉を再び歩き始めた。君はそのあいだずっと俯いていた。
「私が私について話をすれば」君はまた言った。「あなたは私の元から離れていく。軽蔑して去っていく。あなたの前には性的に純粋な百人の女の子たちがいるの。あなたはそのうちの一人を選べばいいだけ。簡単でしょう?」
「ぼくの前に君のいう性的に純粋な百人の女の子なんていない。それに君は勘違いをしているみたいだけど、ぼくに未来というものはもうないんだ。あるのはただここまで歩いてきたという軌跡としての過去と、そうなりつつある、今まさにここといった現在だけ。だから、ぼくの歩く先に誰かが待っているなんてことはない。カポーティの〈ティファニーで朝食を〉のなかでヒロインのホリー・ゴライトリーは、〈もし今生きている人間のなかから誰でも自由に恋人を選べるとしたら、私はたぶん今の恋人を選びはしないでしょうね〉と言う。彼女は現実の不自由さ、上手くいかなさによって妥協を強いられることについて言ったのだと思う。それが良くないことだとね。でもぼくはそうは思わない。確かにぼくは君と共にこの〈赤い道〉を歩くまでに、現実の数多くの不自由さに直面し、それによって進むべき道を制限されてきた。そして辿りついたこの場所で、ぼくはぼく自身の不自由さによってここまで導かれてきたのだと感じる。もしぼくが完璧に自由だったとしたら、ここまで辿りつけてはいないはずだと」
「こう言うべきじゃないかもしれないけれど、私にはまだ未来がある」と君は言った。
「ぼくのことが好きじゃないの?」
「あなたのことは好き。でも、そのことについてどう考えればいいかわからないの。なぜって、あなたは私の全てを知らないから」君は顔を上げて言った。「ねえ、私たちはあの暗いスギやヒノキの群生地を積極的に訪れていくべきだと思う? 足元が見えなくて危険で、春になると花粉で私たちの喉を傷めつける、普段は避けているあの場所。私たちはこの森を愛している。それなら、その全てを知り、受け入れるべきだとは思わない? もしそれを受け入れられないのならば、私たちはこの森を愛しているとは言えないんじゃないかな」
雨は強くなりつつあった。早く帰らなくてはならない。ぼくたちは足を速めた。
「ぼくたちはこの森を愛している」ぼくは君の言葉を繰り返した。「そこに入りたいと思ったなら、そのときは入ればいいし、入るべきでないと思ったなら、入るべきじゃない。そしてこの判断は、考えることなくぼくたち二人の共通認識として、自然に湧いて出てくるものなんだよ、秋の午後の光がそっと窓からぼくたちの部屋に差しこんでくるみたいに。融通のきかない、硬直して固定された基準として定義すべきじゃない」
「もし私たちがずっとこの森の暗い部分を避け続けることになったら、私たちはこの森を本当には愛していなかったことにはならないかな」
「いや、それでもぼくたちはこの森を愛している」〈赤い道〉の尽きるところで僕は言った。そして立ち止まり、君の目を見てさらに言った。「もし君が望むのならば、ぼくは君と一緒にこの森の暗い部分へと入っていこう」
雨はさらに勢いを増し、ぼくたちに容赦なく降り注いだ。君の顔も雨でぬれていた。だからもし君があのとき泣いていたとしても、ぼくにはわからなかっただろう。