一週間後、ぼくたちはシャベルと軍手を持ってあのかわいそうな小鹿を埋葬にしに森林へ入った。ぼくたちは小鹿がもはや小鹿ではないグロテスクなものへと変貌していることを覚悟していたのだが、結局、予想していたなかで最も極端な結末になった。元々鹿の死骸があったと思われる場所には、ぼくたちが予想していたものは何も残ってはいなかった。小鹿は消えていた。骨さえない。ただその名残としての、腐った肉の汚れというべきものが、晴れの日のために乾いて色を失った〈赤い道〉の片隅にあり、アリや甲虫、そしてウジがそれら貴重なタンパク源を奪いあっていた。森の動物たちはしたたかで、そして非常に飢えていたというわけだ。あるいは猟師が回収していったのかもしれないが、それはもう考えてもわからないことだ。
「これでよかったんだよ」と君は静かに言った。「もし埋葬できていたとしても、森の動物たちによって掘り返されていたかもしれないもの」
「そうだね」とぼくは言った。「森はむしろぼくたちの代わりにあの鹿を埋葬してくれたと言えるのかもしれない。少なくとも、ぼくたちの前では鹿の憐れな姿を隠してくれた」
君はシャベルで地面を当てもなくほじくった。「ここにあの子のお墓をたてようかな」
ぼくたちはそのことについてしばらく話し合った。例えば大きな石を持ってくるとかして、何らかの証を作ることができるのではないか、といったことを。
「でもさ、考えようによってはこの森林自体があの小鹿の墓なんだよ」とぼくは言った。「そしてこの〈赤い道〉がその墓標なんだ」ぼくは腕を広げて〈赤い道〉の全体を示した。
「あなたはときどき詩人ね」君は笑った。「でも、今日は晴れているからこの道は赤くない」
「雨はいつだって降るさ。そのときにまたここを訪れれば、ぼくたちはあの鹿のことを思い出すことができる。ぼくたちが作った墓はいずれ無くなるだろうけど、この〈赤い道〉はここにずっとある。なにせ森が作り出した道なんだからね」
「そうね」と君は未完成の〈赤い道〉を見つめながら言った。「雨が降ったら、また来ましょう。この美しい森の道に」
ぼくはやがてこの手紙をガラス瓶に入れて、森へと行くだろう。それはもうすぐだ。幸運にも今、小雨が降っている。〈赤い道〉は森のなかに美しく現れているだろう。
まだ君と連絡が取れていたとき、それはじっくりと話せるようなものではなく、いつも駆け足で済ませなければならないものだったから、ぼくの伝えたいことを十分君に伝えることはできなかった。だからこそ君に伝えたい、というのでもあるし、むしろぼくはぼく自身のためにこの手紙を書いたともいうことができる。これは副次的なことだが、この手紙を書いているとき、ぼくは君の存在を近くに感じることができた。もちろん生身の存在としての君はぼくの側にはいない。けれど君は確かにここにいて、ぼくと触れ合ってくれた。ぼくは幸福だった。だけどやがて我に返り、ぼくは君のいない悲しみを感じるだろう。そのような他人との関わりは愚かなものなのかもしれない。東京の街に住む人々はそう言うだろう。それは未練がましく、みじめで、何の生産性も持たない関わりなのだと。ところが、ぼくが望むか望まないかに関わらず、それは一つの現象として、ぼくの生活の流れのなかに否応なく立ち現れる。避けようがないのだ。場合によっては、それは人に激しい苦痛をもたらすのだろう。この関わりの痛みと空虚さ、そして優しさを受け入れることができているぼくは幸運だ。
このガラス瓶のなかにフリーダ・カーロの〈傷ついた鹿〉のプリントを入れておく。君はこの鹿のように傷ついている、九本の矢を全身に受けて。君は自分のことを〈愛されない存在〉だと思っている。そしてその事実が暴かれることを恐れている。どんな夜よりも深く、暗く。だからこそ君は性的に奔放だ。自らの肉体を提供することによって、〈愛されない存在〉としての自分を否定し、一時の安心を得るが、結局は愛されていたのが肉体だけであるという事実と直面せざるを得なくなり、再び不安の底に落とされてしまう、そしてまたそれを解決する必要が生まれ……その繰り返し。〈愛されない存在〉という君の信念は君を暴力的に支配し、君を苦痛の螺旋の牢獄に幽閉する。終身刑に処せられた囚人がそうであるように、君は逃れられない無力感と共に生きることとなる。君は自分の信念が命じることを拒否することができない、それがどんなに君自身を傷つけるものであったとしても。
ぼくがフリーダの絵を入れたのは、君が自分自身を信じられるように、との願いを込めてのことだ。フリーダの〈傷ついた鹿〉のいる道の先には海がある、厚い雲に覆われ、雷の落ちている海が。でも実際はそうじゃない。雷は透明なベールに描かれただまし絵にすぎない。雲は嵐の運び屋などではなく、広大な風景の一部として、開放的な美しい海を演出する舞台装置だ。まやかしを信じてはいけない。君を惑わす嘘は君自身のなかにある。ぼくは君を愛している。君と共にまたぼくたちの〈赤い道〉を歩きたい、その先には、きっとぼくたちがフリーダの絵で見た真実の純粋な風景が広がっているはずだ。〈終〉