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傷ついた鹿 第1話

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 もし君がぼくの側にいて、今ぼくがしていることを見たのならば、きっと君はそれがまったくの無駄であると、優しく微笑みながら諭してくれるだろうね。ぼくもそれについては概ね同意見だ。でもぼくは君に向けて手紙を書く必要があるんだ、というのは、ぼくの元から、そしてこの町から去っていってしまった君にどうしても伝えなければならないことがあるから。スマートフォンは役に立たない。知っての通り、君は今まで使っていた古いスマートフォンを捨て、新しいものに買い替えたか何かしている。だから電話は通じない。メールを送ろうにも、ぼくが送るメッセージは、それは一体どこに辿りついているのだろうか、誰もいない荒野にぽつんと放置されたままになっている。返信はこない。現代的な連絡手段は君自身の手によって糸を切られている。じゃあ、どうすればいいかというと、つまりぼくは手紙を書くしかない。だけどもちろん、君がどこに住んでいるかなんてぼくは知らない。だからぼくは郵便配達人にこの手紙を渡す代わりに、透明なガラス瓶のなかに入れて、あのかわいそうな傷ついた鹿をぼくらが見つけた場所に置いておく。それが風で転がっていかないように、また君以外の誰かが見つけてしまって持っていかれないように、少しだけ土に埋めて目立たないようなかたちにして。

 ぼくたちが死んだ小さな牝鹿を〈赤い道〉で見つけたとき、ぼくらが共に画家であるフリーダ・カーロの〈傷ついた鹿〉の絵を想起していたというのは、本当に偶然のことで、君とぼくの人生が互いに関わりのなかった過去においても、一度線を交えるようにして出会っていたような気がして、今考えてみてもとても素敵なことだった。そのことがわかったとき、ぼくたちは山のふもとの町にある図書館に歩いていき、フリーダの図録を探してあらためて彼女の描いた〈傷ついた鹿〉を見た。光の粒子が緩やかに落ちていく休日の午後の遅くで、窓の外からは柔らかい小雨の音が聞こえた。図書館には本も読まずに眠りこけるお爺さん一人しかいなかった。そのお爺さんを驚かせないように、ぼくたちは広い机の端に座り、顔を突き合わせて静かに話した。というのは、その小さな図書館には座って本を読める場所がその机だけしかなかったからだ。本を読むにしても眠りこけるにしても、ぼくたちは同じ一つの机を共有しなければならない。それがこの図書館のルールなのだ。

 そんな小さな図書館で、フリーダの図録を見つけられたのは幸運だった。

ぼくたちがどのような経緯で〈傷ついた鹿〉をそれぞれ知ったのか。それはもう思い出せない。「でもそんなことはもう関係ないでしょう?」長い髪をざっくばらんに後ろで結び、ウインドブレーカーを脱いで色のくすんだ青色のシャツを露にした君は言った。胸元が優しく、それでいて控え目に浮き上がっている。図書館は暖房がきいていて暖かかった。「だって、今まさにその絵が目の前にあるんだから。そんなことを考える前に絵を見ようよ」

「そうだね」とぼくは言った。「でも実際に見てみると、思っていたのとはずいぶん印象が違うなあ。例えば傷ついた鹿のいる背景の森は、これは全部枯れ木なんだね、ほら、この木なんか特に、暗い大きなうろができていて、木自体の中身がまるまる空洞になっているようにも見える。緑の色彩はない。そして矢に撃たれた鹿はその場に倒れ込んでいると思い込んでいたけど、そうじゃなくて、むしろ立ち上がっているようにも見える。人間でいうと中腰の姿勢なのかな、足を大きく外側に広げて、そのまま地面にへばりつくか、それとも何とか足をまっすぐにして立ち上がるか、その中間にいるような……。痛みと決意のせめぎ合いだね」

「この鹿は牡鹿なのね」君はぼくの発言に頷くと、頬杖をつきながら今度は自分の意見を言おうとした。「鹿の頭としてフリーダ自身の顔が描かれているけれど、フリーダの女性の顔にオスの角がついている。どうして彼女は自身の性を選ばずにオスの鹿にしたのかな?」

 この絵はようするに人面鹿の絵なのだけれど、確かにフリーダの頭には滑らかな曲線を描く力強い角が生えていた。同じ性に属する側の人間として、君はフリーダの絵の矛盾が特に気になったのかもしれない。

「確かにそうだ。でも、この角はフリーダの顔によく似合っている。女性だからといって、内にある男性性を隠すようなことはしたくなかったんじゃないかな」

「そうね」君はしばらく黙ったあとに言った。「このシーンにおいて、角のない牝鹿を描くのは不自然なのかもしれない。彼女は立ち上がろうとしているものね、九本の矢を全身に受けて、苦しみながらも……。ここで必要なのは、物事を受け止めるという意味での女性らしさではなく、厳しい現実をはねつけて拒絶する荒々しさなんでしょうね」

 傷ついた鹿のいる開かれた道の奥には青い海とその上に重しのようにのしかかる分厚い雲が描かれている。こちらに視線を送る人面鹿にはその背後にある景色は見えていない。そして雲からは蜘蛛の糸のように張り巡らされた細い稲妻が地に向けて走っている。

「道の奥にある海は、彼女にとっての救いの場所、そこまで歩いていけば身体に深く染みこんだ絶望の汚れを洗い流すことのできるみそぎの場所のように思えたけど、よく見るとそうではなさそうだ。雷が海に向かって落ちている。傷ついた鹿のいる画面が暗めの色彩で描かれているから、その対比で明るく目立っているけれど、実際の天気は悪そうだ」

「雨は降っていなさそうね。あるのは雷だけ」君は言った。「フリーダはなぜこの海を描いたのかな。ここにある解説文には、彼女は小さい頃に罹った病気で足を悪くして、さらにバスの事故にあってしまって致命的な痛みを背中と足に生涯抱えることになった、と書いてある。それだけじゃなく、彼女の恋人は彼女の妹と浮気をして……。この文章だけで考えると、彼女はひどい閉塞感のなかにいたと考えるのが自然じゃない? そしてその閉塞を描こうとしてこの〈傷ついた鹿〉を描いたのなら、絵を描き始めるそもそもの最初に、遠く広がる海の風景なんて描こうとは思わないんじゃないかな。海とはまさしく解放のイメージでしょう? もちろん、この絵の海は厚い雲に覆われているし、雷も起ってはいるのだけれど……。でもどこか薄っぺらで、あやふやで、嘘っぽく私には見える。この絵で、雲は地平線にのしかかるように描かれている。雷もそこから出ている。でも、地平線に向かっていく海の広がりの、まさしくその真上の空は、画面が切れていて私たちには隠されている。そもそも描かれていないのね。そしてその隠された海の直上の空には、晴れ渡ったクリアな青空があるようにも私には思えるの」

 ぼくは頷いた。そして君の言ったことを僕なりに解釈しようとした。

「よく見ると、雲は空を完全に覆っているわけじゃない。隙間から青空が覗いているようだし、雲自体も、晴れた丘の上に漂うもののように、白く輝いているようにも見える。激しい嵐をもたらす黒い雲ではない。雷も、君の言う通り表層的で、一枚の透明なベールに描かれた単なる模様のようで、それによって傷ついた鹿のいるこちら側と、海のたゆたうあちら側を分けているようだ。最初は明るい場所としての海を描いて、後からおざなりに不穏さを付け加えたものなのかもしれないね」

「つまり、フリーダは最初、苦しみからの救いとしての海を描いた。けれど、書き進めるにつれて彼女自身の肉体を直に襲う苦痛がその救いとしての未来を否定し、彼女は雷や雲を書き足した、とあなたは言うのね」

「ただの推測だけどね。少し突飛すぎるかもしれない。けど、ぼくならそうこの絵を読む」

 君は特に反論せず、ふうん、とだけ言ってそのまま絵を見続けた。そして別の絵を見るためにページをめくった。