傷ついた鹿
すずき
もし君がぼくの側にいて、今ぼくがしていることを見たのならば、きっと君はそれがまったくの無駄であると、優しく微笑みながら諭してくれるだろうね。ぼくもそれについては概ね同意見だ。でもぼくは君に向けて手紙を書く必要があるんだ、というのは、ぼくの元から、そしてこの町から去っていってしまった君にどうしても伝えなければならないことがあるから。スマートフォンは役に立たない。知っての通り、君は今まで使っていた古いスマートフォンを捨て、新しいものに買い替えたか何かしている。だから電話は通じない。メールを送ろうにも、ぼくが送るメッセージは、それは一体どこに辿りついているのだろうか、誰もいない荒野にぽつんと放置されたままになっている。返信はこない。現代的な連絡手段は君自身の手によって糸を切られている。じゃあ、どうすればいいかというと、つまりぼくは手紙を書くしかない。だけどもちろん、君がどこに住んでいるかなんてぼくは知らない。だからぼくは郵便配達人にこの手紙を渡す代わりに、透明なガラス瓶のなかに入れて、あのかわいそうな傷ついた鹿をぼくらが見つけた場所に置いておく。それが風で転がっていかないように、また君以外の誰かが見つけてしまって持っていかれないように、少しだけ土に埋めて目立たないようなかたちにして。
ぼくたちが死んだ小さな牝鹿を〈赤い道〉で見つけたとき、ぼくらが共に画家であるフリーダ・カーロの〈傷ついた鹿〉の絵を想起していたというのは、本当に偶然のことで、君とぼくの人生が互いに関わりのなかった過去においても、一度線を交えるようにして出会っていたような気がして、今考えてみてもとても素敵なことだった。そのことがわかったとき、ぼくたちは山のふもとの町にある図書館に歩いていき、フリーダの図録を探してあらためて彼女の描いた〈傷ついた鹿〉を見た。光の粒子が緩やかに落ちていく休日の午後の遅くで、窓の外からは柔らかい小雨の音が聞こえた。図書館には本も読まずに眠りこけるお爺さん一人しかいなかった。そのお爺さんを驚かせないように、ぼくたちは広い机の端に座り、顔を突き合わせて静かに話した。というのは、その小さな図書館には座って本を読める場所がその机だけしかなかったからだ。本を読むにしても眠りこけるにしても、ぼくたちは同じ一つの机を共有しなければならない。それがこの図書館のルールなのだ。
そんな小さな図書館で、フリーダの図録を見つけられたのは幸運だった。
ぼくたちがどのような経緯で〈傷ついた鹿〉をそれぞれ知ったのか。それはもう思い出せない。「でもそんなことはもう関係ないでしょう?」長い髪をざっくばらんに後ろで結び、ウインドブレーカーを脱いで色のくすんだ青色のシャツを露にした君は言った。胸元が優しく、それでいて控え目に浮き上がっている。図書館は暖房がきいていて暖かかった。「だって、今まさにその絵が目の前にあるんだから。そんなことを考える前に絵を見ようよ」
「そうだね」とぼくは言った。「でも実際に見てみると、思っていたのとはずいぶん印象が違うなあ。例えば傷ついた鹿のいる背景の森は、これは全部枯れ木なんだね、ほら、この木なんか特に、暗い大きなうろができていて、木自体の中身がまるまる空洞になっているようにも見える。緑の色彩はない。そして矢に撃たれた鹿はその場に倒れ込んでいると思い込んでいたけど、そうじゃなくて、むしろ立ち上がっているようにも見える。人間でいうと中腰の姿勢なのかな、足を大きく外側に広げて、そのまま地面にへばりつくか、それとも何とか足をまっすぐにして立ち上がるか、その中間にいるような……。痛みと決意のせめぎ合いだね」
「この鹿は牡鹿なのね」君はぼくの発言に頷くと、頬杖をつきながら今度は自分の意見を言おうとした。「鹿の頭としてフリーダ自身の顔が描かれているけれど、フリーダの女性の顔にオスの角がついている。どうして彼女は自身の性を選ばずにオスの鹿にしたのかな?」
この絵はようするに人面鹿の絵なのだけれど、確かにフリーダの頭には滑らかな曲線を描く力強い角が生えていた。同じ性に属する側の人間として、君はフリーダの絵の矛盾が特に気になったのかもしれない。
「確かにそうだ。でも、この角はフリーダの顔によく似合っている。女性だからといって、内にある男性性を隠すようなことはしたくなかったんじゃないかな」
「そうね」君はしばらく黙ったあとに言った。「このシーンにおいて、角のない牝鹿を描くのは不自然なのかもしれない。彼女は立ち上がろうとしているものね、九本の矢を全身に受けて、苦しみながらも……。ここで必要なのは、物事を受け止めるという意味での女性らしさではなく、厳しい現実をはねつけて拒絶する荒々しさなんでしょうね」
傷ついた鹿のいる開かれた道の奥には青い海とその上に重しのようにのしかかる分厚い雲が描かれている。こちらに視線を送る人面鹿にはその背後にある景色は見えていない。そして雲からは蜘蛛の糸のように張り巡らされた細い稲妻が地に向けて走っている。
「道の奥にある海は、彼女にとっての救いの場所、そこまで歩いていけば身体に深く染みこんだ絶望の汚れを洗い流すことのできるみそぎの場所のように思えたけど、よく見るとそうではなさそうだ。雷が海に向かって落ちている。傷ついた鹿のいる画面が暗めの色彩で描かれているから、その対比で明るく目立っているけれど、実際の天気は悪そうだ」
「雨は降っていなさそうね。あるのは雷だけ」君は言った。「フリーダはなぜこの海を描いたのかな。ここにある解説文には、彼女は小さい頃に罹った病気で足を悪くして、さらにバスの事故にあってしまって致命的な痛みを背中と足に生涯抱えることになった、と書いてある。それだけじゃなく、彼女の恋人は彼女の妹と浮気をして……。この文章だけで考えると、彼女はひどい閉塞感のなかにいたと考えるのが自然じゃない? そしてその閉塞を描こうとしてこの〈傷ついた鹿〉を描いたのなら、絵を描き始めるそもそもの最初に、遠く広がる海の風景なんて描こうとは思わないんじゃないかな。海とはまさしく解放のイメージでしょう? もちろん、この絵の海は厚い雲に覆われているし、雷も起ってはいるのだけれど……。でもどこか薄っぺらで、あやふやで、嘘っぽく私には見える。この絵で、雲は地平線にのしかかるように描かれている。雷もそこから出ている。でも、地平線に向かっていく海の広がりの、まさしくその真上の空は、画面が切れていて私たちには隠されている。そもそも描かれていないのね。そしてその隠された海の直上の空には、晴れ渡ったクリアな青空があるようにも私には思えるの」
ぼくは頷いた。そして君の言ったことを僕なりに解釈しようとした。
「よく見ると、雲は空を完全に覆っているわけじゃない。隙間から青空が覗いているようだし、雲自体も、晴れた丘の上に漂うもののように、白く輝いているようにも見える。激しい嵐をもたらす黒い雲ではない。雷も、君の言う通り表層的で、一枚の透明なベールに描かれた単なる模様のようで、それによって傷ついた鹿のいるこちら側と、海のたゆたうあちら側を分けているようだ。最初は明るい場所としての海を描いて、後からおざなりに不穏さを付け加えたものなのかもしれないね」
「つまり、フリーダは最初、苦しみからの救いとしての海を描いた。けれど、書き進めるにつれて彼女自身の肉体を直に襲う苦痛がその救いとしての未来を否定し、彼女は雷や雲を書き足した、とあなたは言うのね」
「ただの推測だけどね。少し突飛すぎるかもしれない。けど、ぼくならそうこの絵を読む」
君は特に反論せず、ふうん、とだけ言ってそのまま絵を見続けた。そして別の絵を見るためにページをめくった。
ぼくたちが二人で奥多摩の近くへ越してきたのは、互いに東京の中心で働き続けなければならない状況がありながらも、その生活のなかで何とか二人だけの空間を作りたい、という願いによるものだった。要するに、ぼくたちはできるだけ自分たち以外の他人と関わりたくなかった。他人と関わることで、ぼくたちは自分自身を発見する。目の前にいる他人によってぼくたちは劣った人物になったり、優れた人物になったりする。そして人間は、特に東京の中心にたむろする人間は、どうしても自然に発生してしまうこの自分という認識をより強固に、より粘着質のあるものにしようとする傾向がある。自分は価値ある人間なのか。みじめな存在なのではないか? もしそうだった場合、この人生に意味はあるのか? もちろんぼくたちもそれに囚われて東京にやってきた者であることに違いはない。ぼくたちは共に優れた人物にならなければならなかった。そのような信念を持っていた。しかし、とても残念なことに、ぼくたちはそのような優れた人物になれるような社会的素質のある人間ではなかった。ぼくたちは我に返るために、自らの性質を痛みによって承知するために青年時代を犠牲にしたといっても過言ではない。そしてやっとのことでぼくたちの周りに自然に存在していた、ぼくたちの性質に合った、心地よい生活の流れに気づき、それに逆らわず、身を任せて日々の生活をこなしていこうと決めたのだ。そうしてこの土地に移ってきたのは、互いに三十歳を過ぎたときだった。
人の信念はどこからくるのか? その一つの由来が幼少期の経験であることは間違いない。ぼくたちは誰もがかつては小さくて無力な子供だった。そしていつも近くにはぼくたちを力づくでどうにでもできる恐ろしい大人たちがいた。大人たちはぼくたちに正しいことと誤ったことを教えた。正しく振舞えば彼らは満足げに頷き、間違ったことをすれば怒りにまかせて怒鳴りつけるか、もっと悪ければ暴力を用いた。そしてぼくたちは他人とは自らを容易に傷つけうる極めて危険な存在だと学んだのだ、そのように他人を極端な理解の枠にはめることなく幸福に生活できるように育てられた別の子供たちがいることも知らずに。……君はかつてフォークナーの「アブサロム、アブサロム!」を読んでいたね、あれはぼくも前に読んだことがある。プア・ホワイトの家の子であった少年サトペンが、白人地主の屋敷にお使いで訪れたとき、彼は入り口の黒人のドアマンに無下に扱われる。物語の舞台は南北戦争が起こる時代のアメリカ南部で、あからさまな黒人差別があった時代だ。そこで、地位の低い黒人よりも価値のないプア・ホワイトとしての自分を発見したサトペンは、その原体験に生涯囚われることとなる。成長した彼は巨大な権力の屋敷を創造するが、やがてその熱情の源であった自らの信念そのものによって破滅してしまう。ぼくたちの〈他人にとって優れた人物でなければならない〉という信念、これもまたルーツとなる原体験がどこかにあるはずだ。だけどぼくたちの場合、それはもうすでに失われてしまっている。思い出すことはもうできない。ぼくたちにはただ信念だけが残っている、決して燃え尽きることのない燃えカスのように。ぼくたちの人生を狂ったように推し進めてきたもの、そしてぼくたちを破滅へと導くであろうもの。それから逃れ、心地よく過ごすために、ぼくたちは森林の側に移住し、他人の存在をできるだけ遠ざけ、ただ二人だけで森を歩く時間を確保する必要があった。
森林のなかを歩くときは、着飾ってはいけない。森林はぼくたちを汚し、わずかにでも露出した肌の部分を傷つけようと待ちかまえている。秋の季節のあいだ、ぼくたちは共にウインドブレーカーを上下に着こんで道を歩いた。頭をすっかり坊主にしているぼくはフードをそのまますっぽりとかぶれたけれど、乾燥ぎみで広がりやすい長い髪を持つ君は、ヘアゴムで髪をまとめてはいたけれど、フードのなかは窮屈で、風の強い日はまとまりきれなかった髪の一本が口元にきたりして、なかなか大変そうだった。そのたびに君は「口のなかに入ったよ」といって唇の隙間から舌の先端を突き出し、舌に張りついた髪を手で取り除いたが、そのちょっとしたしぐさがぼくは好きだった。それに君のオリエンタル風の、南国の太陽のように輝く大きく横に長い目が、そのときばかりは半ば閉じられ、それによって君の表情にきわどいバランスがもたらされ、静かに佇む忠実な黒い犬が側にいるような、不思議な魅力と安心感をぼくに与えてくれたのだった。
ぼくがじっと見ていることに気づくと、君は気まずそうに微笑み、ただ一言「取れた」とだけ言ってくれるのだった。
ぼくたちの散歩道は、草が刈りはらわれて整備された遊歩道のようだったが、それが実際にぼくたちのような散歩を楽しむ人のために整備されている道なのか、それともある特定の事業者が管理する仕事のための道なのかは、よくわからなかった。誰かとこの道で会うようなことがあれば、その人の身なりなり何なりからこの道の用途がわかっただろうが、ぼくたちはこの道で誰かと会うことはなかった。ぼく一人で歩くようになってからも、それは同じことだ。町の駅の裏手にある低山にある森林の道で、ぼくたちは山の途中まで車で進み、路肩にとめて道へと歩いていった。
その森林はコナラやクヌギといった落葉広葉樹が主体の森で、秋になると木々は葉を落とす前に美しく紅葉させた。夕日の色が葉に写しだされ、死に向かう過程で水分が抜けていくとより濃い色になっていった。そして死を迎えると葉は木から離脱し、それを手に取って握ってみるとぱりぱりと心地よい音を立てて崩れていった。それでなくてもぼくたちの足元にはどっさりとその枯葉が敷き詰められており、わざわざ手に取らなくても、歩くだけでその小気味よい音を聞くことができた。さらに葉と同じくらい多くのどんぐりも地面に落ちていて、それを踏み割ると固く乾いた繊維が引き裂かれる鈍い音がする。この森の道を君と歩くのは本当に楽しかった。
しかし雨の日になると勝手が違った。道は滑りやすくなり、道の先はぼんやりと霞んだ。それでも大雨でなければぼくたちはレインコートを着て道を歩いた。雨粒はレインコートにあたると軽い人工的な音をたてて弾かれていく。一方で、森林は雨を受け入れ、自らの内側に保持し、暗く、重たくなっていった。雨の日に森を歩くとぼくたち二人は森に馴染まない明確な部外者であるような気がした。晴れの日に着ているウインドブレーカーが深緑色の落ち着いた色合いのものであるのに対して、レインコートは黄色の発光しているようなけばけばしい色味のものを着ていることもその一因だろう。だが雨の日の森は自身をできるだけ暗闇の方へと近づけようとする。ぼくたち二人はその傾向に逆らい、互いの存在を目立たせ、安全を確保する必要があった。特にスギやヒノキの群生している辺りは太陽が出ていても薄闇を抱きかかえているような場所で、雨の日はほとんど夜の深みが住み着いているような危険な場所になっていたので、ぼくたちは用心して決して近づかなかった。そこに足を踏み入れたが最後、ぼくたちは道に迷って途方に暮れてしまうだろう。
そしてぼくたちは雨の降ったときにだけ現れる〈赤い道〉を見つけた。その道はアカマツの支配する他とは独立した特別な場所で、理由はわからないが他の木々は遠慮してその土地には近づかなかった。岩の多く傾斜した、尾根に近いと思われる箇所で、木々は密になっておらず、開けた空間を風が自由に吹き通っていく。道にはアカマツの細長い針の形をした葉がまるで織物のように重なり合いながら落ちている。その枯葉は普段はくすんだ赤茶色をしているのだが、雨によって濡れて色を濃くすると、驚くほど鮮やかな赤色を帯びるのだ。風によって散らされた針の落ち葉は、踏み固められて周りの地面よりも一段低くなったぼくたちの道に溜まり、見事な〈赤い道〉を作り出すのだった。
お互いに口には出さなかったが、この〈赤い道〉は、特別にぼくたち二人のために用意された道であることを、ぼくたちは知っていた。完璧な〈赤い道〉は秋にしか現れず、やがて雪に埋もれ、そして暖かくなると雪はなくなるが落ち葉の供給がなくなり、土が被さって道の色は薄くなった。秋、それは特別な季節だった。
ぼくたちは小雨の降るなか、〈赤い道〉を進んだ。
君はふと立ち止まった。ぼくは振り返って君の顔をじっと見た。君の小さな、少しだけ縦に伸びた小さな卵型の顔がしっかりとフードに収まっている。君の顔のラインはいかなる状況においても崩れたりしない。君が笑っても、顔をしかめても、何かを食べていたとしても、その表情は君の顔の枠を広げたり、狭めたりせず、きっちりと定められた顔を包む曲線の内側で完結する。唇は薄く、寒さのためか、青味がかっている。優しさを表現する顔の全体のなかで、唯一その瞳だけは、いつもの輝きが陰っていて、息を吹きかけられて揺らいだ不安定なマッチの火のように、誰かを傷つけうる危うさをたたえている。ぼくはその、狂気を一滴だけ目にさしたような視線を受け止める。
「どうしたの?」とぼくは言った。
「あなたに伝えたいことがあるの」と君は言った。「でも、それを言うとあなたは幻滅するでしょうね。だから迷っているの。言おうか言うまいか」
「幻滅なんてしないよ」
君はぼくを試すように直立し続ける。
「いいえ、あなたはきっとがっかりする。私はあなたが私をどう思うかさえ、はっきりとわかるの」
「ぼくは君の話を聞いて、どう思うの?」
「あなたはきっと……」君は目を伏せて躊躇した。「私のことをあばずれだと思う。ふしだらで堕落した女だと思う」
僕は君の言葉に驚かなかった。それは本当に今のぼくと君にとって他愛のないものに思えたのだ。
「君が今までに百人の男と関係を持っていたとしても、ぼくには関係のないことだ。だって、ぼくが必要としているのは、今の君だもの。君は今、目の前に立っている。それで十分だ。それとも、今まさに関係を持っている男が他にいるの?」
君はすぐに首を横に振って否定した。
「何も問題はない。もし君がそれについて具体的に話したいというのなら、ぼくはそれを聞くよ」ぼくは君に歩み寄って、その乾燥してざらついた、だけれどもこの寒さのなかで不思議と熱を帯びた手のひらを取った。「さあ、じっとしていると身体が冷える。歩こう」
ぼくたちは〈赤い道〉を再び歩き始めた。君はそのあいだずっと俯いていた。
「私が私について話をすれば」君はまた言った。「あなたは私の元から離れていく。軽蔑して去っていく。あなたの前には性的に純粋な百人の女の子たちがいるの。あなたはそのうちの一人を選べばいいだけ。簡単でしょう?」
「ぼくの前に君のいう性的に純粋な百人の女の子なんていない。それに君は勘違いをしているみたいだけど、ぼくに未来というものはもうないんだ。あるのはただここまで歩いてきたという軌跡としての過去と、そうなりつつある、今まさにここといった現在だけ。だから、ぼくの歩く先に誰かが待っているなんてことはない。カポーティの〈ティファニーで朝食を〉のなかでヒロインのホリー・ゴライトリーは、〈もし今生きている人間のなかから誰でも自由に恋人を選べるとしたら、私はたぶん今の恋人を選びはしないでしょうね〉と言う。彼女は現実の不自由さ、上手くいかなさによって妥協を強いられることについて言ったのだと思う。それが良くないことだとね。でもぼくはそうは思わない。確かにぼくは君と共にこの〈赤い道〉を歩くまでに、現実の数多くの不自由さに直面し、それによって進むべき道を制限されてきた。そして辿りついたこの場所で、ぼくはぼく自身の不自由さによってここまで導かれてきたのだと感じる。もしぼくが完璧に自由だったとしたら、ここまで辿りつけてはいないはずだと」
「こう言うべきじゃないかもしれないけれど、私にはまだ未来がある」と君は言った。
「ぼくのことが好きじゃないの?」
「あなたのことは好き。でも、そのことについてどう考えればいいかわからないの。なぜって、あなたは私の全てを知らないから」君は顔を上げて言った。「ねえ、私たちはあの暗いスギやヒノキの群生地を積極的に訪れていくべきだと思う? 足元が見えなくて危険で、春になると花粉で私たちの喉を傷めつける、普段は避けているあの場所。私たちはこの森を愛している。それなら、その全てを知り、受け入れるべきだとは思わない? もしそれを受け入れられないのならば、私たちはこの森を愛しているとは言えないんじゃないかな」
雨は強くなりつつあった。早く帰らなくてはならない。ぼくたちは足を速めた。
「ぼくたちはこの森を愛している」ぼくは君の言葉を繰り返した。「そこに入りたいと思ったなら、そのときは入ればいいし、入るべきでないと思ったなら、入るべきじゃない。そしてこの判断は、考えることなくぼくたち二人の共通認識として、自然に湧いて出てくるものなんだよ、秋の午後の光がそっと窓からぼくたちの部屋に差しこんでくるみたいに。融通のきかない、硬直して固定された基準として定義すべきじゃない」
「もし私たちがずっとこの森の暗い部分を避け続けることになったら、私たちはこの森を本当には愛していなかったことにはならないかな」
「いや、それでもぼくたちはこの森を愛している」〈赤い道〉の尽きるところで僕は言った。そして立ち止まり、君の目を見てさらに言った。「もし君が望むのならば、ぼくは君と一緒にこの森の暗い部分へと入っていこう」
雨はさらに勢いを増し、ぼくたちに容赦なく降り注いだ。君の顔も雨でぬれていた。だからもし君があのとき泣いていたとしても、ぼくにはわからなかっただろう。
小雨が続いていたある日、ぼくたちは〈赤い道〉で死んだ小鹿と出会った。この森林で鹿を見かけること自体は珍しいことではない。散歩をしている最中にその姿を草木のあいだに何度見かけたことか。森で会う動物は鹿だけではなく、ぼくたちは何か小さな生き物が近くの草むらを駆けていく気配を感じることが良くあった。イノシシらしき足跡を見つけたこともあった。ニホンザルの群れが木々の高みを移動しているのさえぼくたちは見たことがある。ぼくたちは森を歩くときは常に、スズメバチや毒ヘビなど小さくて危険な生き物や、クマといった非常に大きな脅威と意図せず出会ってしまうことを恐れていた。だから動物たちの気配や痕跡に敏感になっていた。
ところが、死んでいる動物に会うのはこれが初めてだった。動物たちはいかにして森のなかで死ぬのだろうか? 森のなかの死は、それは日常的なものであるのに違いないのだけれど、ぼくたちの前からは巧妙に隠されていた、まるで死だけを覆い隠す自然の作り出した透明なカーテンが木々のあいだに張り巡らされているかのように。そしてその理由をぼくたちは死んだ小鹿を見つけたことによって知った。
その小鹿は目玉を失っていた。鼻のついた先端に向けてなだらかに収束していく三角錐のかたちをしたその頭部の両面には、ぼっかりと穿たれた大きな黒い穴があり、それは影に覆われた粘膜のくすんだピンク色をその奥に隠していて、カラスか何かにえぐられて奪われたのだとわかった。同様に、小鹿の口内や、肛門といった柔らかい部分は小動物にまっさきに齧りつかれたらしく、その周辺の毛皮は乾いた血によって汚されていた。森のスカベンジャーたちは最初にそのような取っつきやすく食べやすい部分を狙うのだ。そして皮や筋肉といった面倒な部分にも辛抱強く齧りつき、切り分けて自分の巣穴へ持ち帰ったりしながら、月日のたたないうちに全身を喰い尽くしてしまうのだろう。だから森で動物が死んでも、ぼくたちの前に現れる前に死骸は綺麗に処理されて消えてしまうのだ。
「でも、骨はどうなるんだろう? 肉が食い尽くされても、最後には骨が残るはずだ」とぼくは言った。
「骨も食べる子がいるんじゃない? 犬だって骨を齧るっていうし。森に住む動物たちは常に飢えているから、口にできるものはなんだって食べちゃうんだよ」と君は小鹿の死骸から目を離さずに沈んだ口調で言った。
小鹿は異様に長く見える首をぐっと伸ばし、四肢はわずかに内側に曲げるかたちで、赤い松葉の敷物の上に倒れこんでいた。小雨がその身体に降り注いでいる。小鹿の身体はささくれて半ば剝がれている樹皮のように固く頑固な太い毛に覆われ、その毛が水をはじき、そのまま毛先へと滑っていった水滴が全ての一本一本の先端から垂れ下がっている。そして新しい雨粒がやってくると、やはり先端に向けて滑ってきて、元々そこにあった水滴と合体し、重みが増えて耐え切れずに地面へと、あるいは下にあった別の毛の表面へと落ちていく。同じことが小鹿の体表という無数の毛の世界で果てしなく繰り返されている。腐臭は感じられなかった。そのことからも、まだ死んで間もないということがわかった。
「飢えて死んだのかな?」とぼくは言った。
「そんなに痩せているようには見えないけど」と君は言った。「この子の首を見て。ひどい傷があって、血がたくさんこびりついている。他の動物たちが引っかいたり、牙を突き立てて傷ついたりして、ここまで逃げてきたけど、力尽きてしまったのかもしれない」
「クマとかがやったのかな」小鹿とはいえ、タヌキやキツネの体躯よりかは上回るその身体の大きさから、他の動物にやられたのだとしたらクマしか考えられなかった。
「牡鹿の角に突かれた、と考えることもできない? そんなことが実際にあるのかどうかはわからないけど……。それ以外にも、猟師に殺された可能性だってある。首元を撃たれたんだよ。猟師がこんな風に殺した獲物を放っておくとは考えづらいから、やっぱり仕留めきれずに、この子は自力でここまで逃げてきたのかな」
鹿の死体の側に立っていると、ぼくたちは出口のない完全に閉ざされた狭い空間のなかにいるような気がした。命の抜けた鹿の身体は、この森林においてどこまでも開かれ、無防備だった。もはやこの小鹿はこれから自身の肉体に起こるどんなことも全て受け入れていかざるを得ないのだ。小鹿の身体は爪と牙によって無造作に切り裂かれ、喰われていき、やがてそのなかにある全てが暴かれるだろう。そしてぼくたちの直面したこの〈暴かれる〉という避けがたい状況が、君に精神の不調をもたらし、ぼくの元から去っていってしまった原因になってしまったのではないかと、ぼくは考えている。
その日の晩、君は食欲がないといって夕食を食べなかった。築二十年の古びたアパートの一室で、駅の裏手にある山の近くにあり、秋の虫たちの鳴く音が雨に交じって部屋に響いていたが、それゆえにぼくたちはこの部屋が優しく静まり返っていると感じた。ぼくはローテーブルを前にして夕食を食べ、君は後ろのソファに座りこんで本を読んでいた。ぼくたちは森から自宅へと車で帰ったあと、そのままウインドブレーカーを着こんで傘をさし、フリーダ・カーロの絵を見に図書館まで歩いていった。そこで君は本を一冊借りてきたのだった。
「そういえばさ、冷蔵庫にたまご豆腐があったはずだよ。それを食べたら?」とぼくは心配になって言った。
君は微笑んで首を横に振った。うねりながら落ちてくる髪を結ばすにそのままにしている君はまるで茂みのなかから顔を出した一匹の山猫のようだった。
一方で、小鹿の死体を見たぼくの方も食欲はある程度減退していた。ぼくは豆腐とほうれん草のみそ汁だけを作り、納豆をおかずにして炊いたご飯を食べた。明日の朝食もたぶんこれと同じものになるだろう、と思った。
「一週間後、またあの〈赤い道〉を訪れたとき、あの子はどうなっているかな」と君は言った。ぼくたちの週末の休日は今日で終わり、明日からは東京の中心へ仕事に行かねばならなくなる。そうなると森林へ散歩しに行く余裕がなくなるので、再び〈赤い道〉へ赴くのは週が一回転したあとになる。
ぼくはスカベンジャーたちに喰われ、それでも完全には喰われきれないために腐っていく肉の部分がある、不完全な形態としての小鹿を想像した。カラスは腸を引きずり出して遠くへ飛んでいくだろうし、タヌキやイノシシは胃と心臓をその場でその小さな牙で噛みちぎるだろう、鼻づらを血と崩れた腐肉でいっぱいに汚しながら。ぼくたちの前に現れるのは血と肉としての小鹿だろうか、あるいはそれらが綺麗さっぱり除去された骨としての小鹿だろうか。それさえなく、小鹿そのものが消え去っているのかもしれない。
「わからないな。一体どうなっているんだろう」と僕は言った。
「あの子、今頃は誰かに食べられているのかな」
「そうかもしれない」とぼくは言った。そして君がぼくと同じようなことを考えていたのだと気づいた。
「フリーダの〈傷ついた鹿〉のように、綺麗なままではいられないのね、当たり前だけれど。あの子は死んでいるのだから。抵抗なんてできずに、あの子の中身は全て暴かれ、飢えた獣たちによって外の世界に引きずり出されてしまう。……あの子にはそれを防ぐことはできない。でも、私たちがあの子を埋葬してあげたとしたら、どうかな。あの子は自分の醜い姿を晒さなくてすむ」君は一つの希望を見いだして声を高くして言った。
「それはいい考えだ」とぼくは言った。けれど、時間的な制約があることは、君もぼくもわかっていた。
「穴を掘るにはシャベルがいるけど、私たちは持っていない。明日の朝、買いに行ってそのまま森に行ければいいんだけど、そんな時間的余裕はないね。結局、来週まで待たなくちゃいけない」と君は言った。
「明日、仕事から帰ったときにシャベルを買って、埋めてくるよ」とぼくは言った。
「いいえ、駄目。夜に森を歩くなんて危ない」
ぼくたちは黙った。来週には小鹿の身体はどうなっているかがわからない。恐らく起こりうる大抵のことが起こったあとであろう。ぼくたちの埋葬の目的から考えると、もう遅いのだ。しかしだからといって君はその小鹿を放っておくことはできなかった。形式的な儀式になろうとも、ぼくたちは小鹿を埋葬せねばならなかった。
眠る時間がやってきた。ぼくたちは寝室のベッドに一緒に横になり、一つの掛け布団に仲良く収まっていた。とはいっても、性的な遊戯を行うわけではない。ぼくたちは互いに性的な欲求をほとんど失っていた。あるのは搾りカスのようなものだけで、干からびたオレンジを絞ってようやく出てきた一滴を楽しむことはあったものの、そういったことはまれだった。ただし、今となってはその状態が二人で静かに森林の側に住んでいるという特殊な状況がもたらしたものだったということがわかる。君がいなくなった今、その寂しさを埋めるためなのか、元々あった空白が再び開かれたためなのか、ぼくは性欲を強く感じ、それを処理する必要に苛まれることとなった。君はどうだろうか。君が去っていってしまってから、最後に電話をかけることができたとき、君は自分が精神的な娼婦であり、数々の男たちのあいだをさまよい歩くことで、精神的な報酬を得て、心の安定をはかっていると言った。そうぼくに伝える君の声は小さく震えていた。君が感じているのは寂しさではなく、空虚さでもなく、純粋な恐怖であるということがわかった。君は明らかに悪しき存在としての君自身をぼくに否定されることを恐れていた。普通の人間ならば、そのような自身のいかがわしい部分は他人には見せず、自分を守るために隠し通そうとするだろう。君も始めはそうだった。だけれど、そのような場合において、隠すべき自分自身は他人の代わりに、自分自身の前に強烈な存在として立ち現れてくる。そしてぼくたちに語りかけてくるのだ、〈お前は、本当は、その性根において愛されない存在なのだ、見捨てられるべき存在なのだ〉と。人間は、〈これが起こってしまうかもしれない、いや、いつか必ず起こってしまうのだ〉という激しい恐怖にさらされ続けると、その可能性に対する恐怖に耐えきれなくなり、むしろ可能性を現実へと移行させることで恐怖を乗り越えようとする。崖の縁を延々と歩くように命じられた罪人は、奈落へ落下する可能性としての恐怖に耐えきれず、ついには自ら身を空中へ投じてしまうのだ。
「私は普通じゃない」とベッドでぼくの隣に横になっている君は言った。「あなたはもう知っているでしょう? だから私のせいで、私たちは三十代になって結婚もせず、いまだに恋人ごっこをしている」
「知っている。そしてぼくも普通じゃない。これは別に悪いことじゃない」とぼくは答えた。
「もし私と別れれば、あなたはたぶん他の誰かと結婚するでしょうね。子供だってネズミみたいにぽんぽん作るでしょう。私とはできていない普通の幸福な生活を手に入れることができる。それは素敵なことだと思わない?」
「もしそういった生活を送っている普通の人がここにいたならば、その人はきっと〈悪くないよ〉と言うだろうね。でもここにはそういう人はいない」
「あなたはそういう風に幸福になりたいとは思わないの?」
「幸福になりたいとは思っているよ、ただしぼくなりのやり方で。そしてすでに幸福だ。ぼくはこのようなかたちでしか幸福になれないんだよ」
「でも、東京の街のなかに住む人々は私たちの幸福を懐疑的に捉えるでしょうね。それは一般的な幸福の定義から外れたものだもの」
「だからこそぼくたちはこの森の側の土地に越してきた。そうだろう? 他の人々の考え方に則るのではなく、それに飲みこまれるのではなく、ぼくたちの考え方を育てて確立するために」
「小さな苗木を育てるみたいにね」と君は言った。「でもその幼木の根の一部がすでに腐っていたとしたら?」
「どういうこと?」
「私たちは根が腐っているかどうか知らない。それは土に埋められて隠されているから。でも木は確実に弱っていくの、最初は順調に成長しているように見えるけど……。そして木が明らかに枯れ始めたとき、あなたは初めて土を掘り返し、根が腐っていたことを発見する」
ぼくは暗闇のなかで君の口元を見つめた。
「君は、もうすでに根が腐り始めていると思っているの?」
君は沈黙をもって答えた。外であいかわらず鳴き続けているはずの虫たちの声は、その沈黙によってかき消えた。
君は眠った。規則正しい寝息を聞きながら、ぼくはぼんやりとしていた。やがて君はささやいた。
「起きてる?」
「起きてるよ」
「夢を見たの」
「どんな夢?」
「あなたと二人で森を歩いている夢。季節は春で、晴れてうららかに輝く森を、マスクもなしに軽い足取りで歩いていた。私たちは汚れたジーンズをはいて、着古してよれよれになったシャツを着ていた。森に行くときは着ない、家のなかでリラックスするときの恰好ね。でも、そんな楽な恰好で森を歩くのは楽しかった。歩いていると、暖かい風が木々の葉を揺らして、葉たちはざわめきの歌を歌った。……そして私たちはスギの植えられた暗い区画に入っていった、古代ローマの神殿にある柱廊の柱みたいに、長くまっすぐに突き立った樹幹が密になっているなかに。私たちはその森の暗い部分のさらに暗い奥の、その中心に向けて歩いていった。いつの間にか私たちはお互いに裸になっていた。舞い上がった土埃や、木々の花粉で構成された森の湿った空気が直接全身に触れるのがわかった。そしてもう何もわからないくらい暗くなった森を、夜になっても、私たちは歩き続けていた」
「怖くはなかった?」とぼくは聞いた。
「うん、怖くはなかった。それに今もまだ夢の延長線上にいて、まるであの暗い森を歩いているような気分がするの」
「ぼくと一緒に?」
「そう、あなたと一緒に」君は笑った。そしてぼくの胸に頭を押しつけた。
「森の奥で、初恋の人と会った」と君は言った。
「へえ、そうなんだ」とぼくは驚いて言った。君が初恋について語るのを聞くのはこれが初めてだった。
「会ったといっても、その人はただスギの倒木に腰かけていただけ。森は本当に暗かったけど、なぜかあの人の周りだけ明かりが灯っていた。喋ることもなかったし、あの人が私たちに気づいていたかもわからない。私はあなたに伝えようかどうか迷ったけど、結局、無視して通り過ぎるべきだと思って、顔を背けてやり過ごそうとした。すると突然、あの人は何かに気づいたかのようにぱっと立ち上がったの。こっちを見てはいなかったけれど……」
「その人も裸だった?」
「いいえ、たぶん服を着ていたと思う」君は微笑んだ。「その人は、私が二十歳のとき、初めて性的な関係を結んだ人なの。彼も私も大学生で、お互いにそういった関係にはまだ慣れてはいなかった。私たちはお互いに恋をしていた、けれど、彼の方の恋は私とは少し質の違うものだった。言っている意味はわかる? 彼は私の心というよりも、肉体の方をより愛していた。そして初めてのとき、彼は部屋の電気を消してくれなかった。私は消してくれるように頼んだのだけど、あの人は取り合ってくれなかった。私は強く言うことができなかった、嫌われたくなかったから。かわいいでしょう? 普通の女の子みたいで。彼は私の全てを知りたいと言った。そして実際に全てを知った。そのあと、私は激しい無力感のなかにいる自分を見つけた。例えばあのときあの人が私を殺そうとしたとしても、それが愛の名のもとに行われる行為ならば、私はまったく抵抗できずにあっさりと殺されてしまっただろうなということが、はっきりとわかってしまうような無力感。私は何かによって完全に支配されてしまっていた。巨大で暴力的な何かに。決して抗うことのできない何かに。それは私の内部に元々あったものなの。
電気を消さなかっただけでそうなるなんて。あなたはそう思う? でも私は行為の最中に気づいたの、私は今、ものすごく嫌な気持ちになっているって。でも中断することはできなかった。なぜだと思う?
〈気持ちよかった?〉と彼は最後に聞いたの。こうこうと輝く天井の照明を背後にしながら。
〈うん〉と私は微笑んで言った。
〈よかった〉と彼は言った。
そして、私は嘘をついたわけではなかったの。それから、私たちはいびつな生き物のように同じことを繰り返した。彼と別れてからも、他の男の人たちと、私はずっと……」
君は泣いていた。ぼくは君の頭を撫でながら、君が再び夢の世界へと行けるまで、ずっと秋の虫たちと共に起きていた。
一週間後、ぼくたちはシャベルと軍手を持ってあのかわいそうな小鹿を埋葬にしに森林へ入った。ぼくたちは小鹿がもはや小鹿ではないグロテスクなものへと変貌していることを覚悟していたのだが、結局、予想していたなかで最も極端な結末になった。元々鹿の死骸があったと思われる場所には、ぼくたちが予想していたものは何も残ってはいなかった。小鹿は消えていた。骨さえない。ただその名残としての、腐った肉の汚れというべきものが、晴れの日のために乾いて色を失った〈赤い道〉の片隅にあり、アリや甲虫、そしてウジがそれら貴重なタンパク源を奪いあっていた。森の動物たちはしたたかで、そして非常に飢えていたというわけだ。あるいは猟師が回収していったのかもしれないが、それはもう考えてもわからないことだ。
「これでよかったんだよ」と君は静かに言った。「もし埋葬できていたとしても、森の動物たちによって掘り返されていたかもしれないもの」
「そうだね」とぼくは言った。「森はむしろぼくたちの代わりにあの鹿を埋葬してくれたと言えるのかもしれない。少なくとも、ぼくたちの前では鹿の憐れな姿を隠してくれた」
君はシャベルで地面を当てもなくほじくった。「ここにあの子のお墓をたてようかな」
ぼくたちはそのことについてしばらく話し合った。例えば大きな石を持ってくるとかして、何らかの証を作ることができるのではないか、といったことを。
「でもさ、考えようによってはこの森林自体があの小鹿の墓なんだよ」とぼくは言った。「そしてこの〈赤い道〉がその墓標なんだ」ぼくは腕を広げて〈赤い道〉の全体を示した。
「あなたはときどき詩人ね」君は笑った。「でも、今日は晴れているからこの道は赤くない」
「雨はいつだって降るさ。そのときにまたここを訪れれば、ぼくたちはあの鹿のことを思い出すことができる。ぼくたちが作った墓はいずれ無くなるだろうけど、この〈赤い道〉はここにずっとある。なにせ森が作り出した道なんだからね」
「そうね」と君は未完成の〈赤い道〉を見つめながら言った。「雨が降ったら、また来ましょう。この美しい森の道に」
ぼくはやがてこの手紙をガラス瓶に入れて、森へと行くだろう。それはもうすぐだ。幸運にも今、小雨が降っている。〈赤い道〉は森のなかに美しく現れているだろう。
まだ君と連絡が取れていたとき、それはじっくりと話せるようなものではなく、いつも駆け足で済ませなければならないものだったから、ぼくの伝えたいことを十分君に伝えることはできなかった。だからこそ君に伝えたい、というのでもあるし、むしろぼくはぼく自身のためにこの手紙を書いたともいうことができる。これは副次的なことだが、この手紙を書いているとき、ぼくは君の存在を近くに感じることができた。もちろん生身の存在としての君はぼくの側にはいない。けれど君は確かにここにいて、ぼくと触れ合ってくれた。ぼくは幸福だった。だけどやがて我に返り、ぼくは君のいない悲しみを感じるだろう。そのような他人との関わりは愚かなものなのかもしれない。東京の街に住む人々はそう言うだろう。それは未練がましく、みじめで、何の生産性も持たない関わりなのだと。ところが、ぼくが望むか望まないかに関わらず、それは一つの現象として、ぼくの生活の流れのなかに否応なく立ち現れる。避けようがないのだ。場合によっては、それは人に激しい苦痛をもたらすのだろう。この関わりの痛みと空虚さ、そして優しさを受け入れることができているぼくは幸運だ。
このガラス瓶のなかにフリーダ・カーロの〈傷ついた鹿〉のプリントを入れておく。君はこの鹿のように傷ついている、九本の矢を全身に受けて。君は自分のことを〈愛されない存在〉だと思っている。そしてその事実が暴かれることを恐れている。どんな夜よりも深く、暗く。だからこそ君は性的に奔放だ。自らの肉体を提供することによって、〈愛されない存在〉としての自分を否定し、一時の安心を得るが、結局は愛されていたのが肉体だけであるという事実と直面せざるを得なくなり、再び不安の底に落とされてしまう、そしてまたそれを解決する必要が生まれ……その繰り返し。〈愛されない存在〉という君の信念は君を暴力的に支配し、君を苦痛の螺旋の牢獄に幽閉する。終身刑に処せられた囚人がそうであるように、君は逃れられない無力感と共に生きることとなる。君は自分の信念が命じることを拒否することができない、それがどんなに君自身を傷つけるものであったとしても。
ぼくがフリーダの絵を入れたのは、君が自分自身を信じられるように、との願いを込めてのことだ。フリーダの〈傷ついた鹿〉のいる道の先には海がある、厚い雲に覆われ、雷の落ちている海が。でも実際はそうじゃない。雷は透明なベールに描かれただまし絵にすぎない。雲は嵐の運び屋などではなく、広大な風景の一部として、開放的な美しい海を演出する舞台装置だ。まやかしを信じてはいけない。君を惑わす嘘は君自身のなかにある。ぼくは君を愛している。君と共にまたぼくたちの〈赤い道〉を歩きたい、その先には、きっとぼくたちがフリーダの絵で見た真実の純粋な風景が広がっているはずだ。〈終〉